黄昏の社長室!
~零細事業主utica(ユティカ)の独り言~
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utica(ユティカ)

Author:utica(ユティカ)
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casTYのサービス終了に伴いログをインポートしました。
2006年12月中旬以前の日記はcasTYで書いていたものです。

utica・・・私
ジュン・・・嫁
ウテカ・・・息子

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母親のこと
5月17日の火曜日に母親が永眠しました。

楽しい話題ではないのですが、備忘録として記しておきます。

母親は間質性肺炎という病気になってしまいました。

何年か前の健康診断でわかったのですが、地元の病院では治す手段がないと言われました。

人から勧められた富士宮の病院で病気の進行を遅らせる治療を始めました。

ですが、1年半前の11月より酸素を背負うようになりました。

酸素を吸ってはいましたが車で出かけることも多く家事も普通にしていたので、誰もが残された命が少ないなどとは思いませんでした。

昨年の11月8日早朝、救急車で富士宮の病院に運ばれました。

この日の夜、ジュンの前で泣いてしまいました。

ジュンからは「後悔しないようにしなさい」

などと言われたのですが、もう後悔だらけ。。。

1度は退院できたのですが、12月28日に再入院。

亡くなる3日前から苦しみを和らげるためにモルヒネを少しずつ入れ始めました。

これで意識が混濁したようです。

その前までは普通に会話できたのですが・・・。

5月17日の朝、泊まり込んだオヤジが自宅に帰った直後に容態が急変したようです。

とりあえずジュンが駆けつけ、帰ってきたオヤジを再び連れて病院へ行きました。

私とオヤジが着いたのが10時くらい。

弟夫婦と姪っ子が来たのが11時頃。

ウテカは社会科見学で登呂遺跡に行っていたので呼ぶことはできませんでした。

仲の良い親戚や友人達も病室に駆けつけてくれました。

みんなに見守られて息を引き取ったのが11時25分。

こういう表現は嫌いなのですが、皆を待っていたかのように・・・。

みんなが泣きながら「頑張れ」と声を出していたのですが、「頑張れ」は言いたくなかった。

もう十分に頑張ったから・・・。

泣きながら「母さん」しか言わなかった。

覚悟はできていたはずなのに涙が止まらなかった。

1月からICUの個室に入っていたのですが、周りには五月蠅かったことでしょう。

ご迷惑をおかけしました。

でも、もう泣かないと決めて病室を出た。

母親はアイバンクに登録していました。

角膜を取るのに時間がかかるというので、私は仕事場へ戻り従業員さんに説明とこの後の仕事の段取りを考えました。

母親が自宅に帰ってきたのは夕方の5時くらいでした。

その頃には近所の皆さんが焼香をしたいと集まってきたのですが、お坊さんの枕経というのが済んでいなかったため待って貰いました。

枕経が終わったのが6時くらい。

お坊さんと葬儀の打ち合わせをして弔問客が一区切りしたところで、私は自宅に帰りました。

この日は弟が泊まってくれたので助かりました。



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